1969-02-24 第61回国会 衆議院 予算委員会第二分科会 第1号
私もアマゾン地域には二回ほど参りまして、あの地における現状をつぶさに見てきた経験を有するのでありますが、いわゆる炎熱下において、河口より何千マイルも上流の僻地の中で農業開拓をしつつある人たちの困苦は全く、その開拓時代における話を聞けば涙を催すような場面も多々あるわけでございます。
私もアマゾン地域には二回ほど参りまして、あの地における現状をつぶさに見てきた経験を有するのでありますが、いわゆる炎熱下において、河口より何千マイルも上流の僻地の中で農業開拓をしつつある人たちの困苦は全く、その開拓時代における話を聞けば涙を催すような場面も多々あるわけでございます。
したがって地価の安いところのほうの農業開拓が進むか、あるいは土地の壊廃が行なわれる場合におきましてはそういうところがあと回しになる。都市近郊なり、西のほうの地価の高いところがまあ農業外に転用されるというようなことに実態としてなっております。なっておりまするけれども、同時に西のほうにおいても、たとえば新規の開拓をする、あるいは開墾をするという事態がなきにしもあらずであります。
やはり日本の労働力が非常に過剰といいますか、国内においても労働力があり余っているような時代、こういうときには、どうしても肉体労働といいますか、農業開拓などを中心にして海外に出ていこうという人が非常にあったし、社会的な圧力もあったわけであります。したがって、一つは、移住者の人たちは僻地に農業開発をやるというようなことが中心になって、要求されたのは労働力であった。
拡充実施に関す る陳情書外三件 (第七一 号) 農業者年金制度確立に関する陳情書外二十五件 (第七二号) 林業労働者に対する共済制度確立に関する陳情 書 (第七三号) 茶業振興に関する陳情書 (第七四 号) 林業構造改善事業の拡充強化等に関する陳情書 (第七五号) 食糧管理制度廃止反対に関する陳情書 (第七六号) 肉用牛増産振興対策に関する陳情書 (第七七号) 農業開拓
その一つのあらわれとしまして、農業開拓基金といったものをつくりまして、現在も五億五千八百万程度の基金の造成をいたしまして、債務保証を通じて、いま申し上げましたような趣旨でつとめておるわけでございます。そういった角度で今後も十分に検討し、さらに充実をはかってまいりたいというふうに思います。
○田原委員 いまの農業開拓基金というのは、私の調べたのでは農業拓植基金じゃないかと思います。 農業拓植基金の現状について、当初から増加の傾向、それからそれの運用面、そういうことについて全拓連の平川副会長にお尋ねしたいと思います。
しかも人事の交流をやろうと思ってもできない段階になって非常に困った事態なんで、片一方に手当をつけるならば、ぜひこの農業開拓営農指導員にもつけてもらいたい、こういう話が農林省の農地局の開拓関係のほうに、もうすでに県から陳情が来ておるのです。
なるほど、行政の基本をなすことについては、ある一定の期限というものを明確にしなければなりませんけれども、たとえば、政府の国家的事業等々で終戦直前に外地に渡って行った開拓民、いわば農業開拓やらあるいは工業開拓の問題等々もあろうと思われます。ところが、六カ月の期間内に——終戦以前六カ月以内に向こうに渡って行った人人が多数あったのではないかと考えられます。
帰国当時平均大体百万円程度向こうで得た収入を持って帰りまして、それを国内の農業開拓の資金にしたり、あるいはまた海外にさらに移住する場合の資金に活用しておるようでありまして、滞米中のアメリカ人との個人的接触による経験その他からアメリカのほんとうの姿を割合によくつかんでおりまして、私どもも非常にいい制度だということで今後ますます発展させたいという希望を持っておるわけであります。
○西村(関)委員 今の大臣の御答弁ですと、農業開拓者のためにはきわめて消極的なお考えのように承わるのでございます。現在入植している人たちの問題は考えていかなければならないが、新しく入植しようとする者に対しては、あまりこれを奨励しないというような御見解のようでございますが、そういう農業開拓民の問題は、北海道にとりましても私は非常に大きな問題の一つであると思うのでございます。
余剰農産物の問題につきましては、これは日本政府の自主的の考え方で実行することになっておりますし、また外国から物を買わなければならぬということもありませんし、しかも、これに対する金利というものは、世界銀行よりも非常に安くなっておるわけでありますから、これは実行に移されますが、それじゃ農業開拓について今後世界銀行の金を借りないかということについては、私はただいまはっきり借りないということは申し上げかねるわけであります
たまたまわが日本人は過去三十年近くにわたりまして、このアマゾン流域に参りまして農業開拓の仕事に従事して、非常な苦心はありましたけれども、現在インド・ジュート及びコショウの栽培に非常に成功いたしております。
しに出ましたコロノで参りました場合、その人々が数年働きましていよいよ向うの風俗、気候、あるいは言語に通暁いたしまして独立するという場合の、その独立資金の援助というふうなことを前段において私どもは考えているわけでございますが、後段につきましては私どもはいろいろ向うにおきまして、たとえばドイツ、イタリアあたりが現在やっております移民政策を見ていまして、過去のたとえば興農移民でございますとか、あるいは農業開拓移民
自分の国で焼き捨てしなければならぬような米を持ってきて、その受取った金で自国の農業開拓、農業市場を開拓しようというような、そういういろいろ、このほかたくさんなものが重なっておる。こういう契約は、首相はおられませんからよろしゅうございますか、外務大臣は、一体どういう考えでこれを受け入れられたものであるか。これに対しまして一つ外務大臣の受け入れの際の心境を伺いたい。
なおまたいろいろな農業技術の交換、あるいは移民によらざる農民の暫定的な交換、あるいは移民を伴うところの農業開拓など、特に東南アジア方面につきましては、農業関係の外交交流というものは逐次緊要性を加えてくるということを考えておりますので、ただいままでも、御承知の通りに在外公館の配置要員は各省の人事を交流して、そういう面の技術者等もこれに取り入れておりますが、今後とも十分そういう点は検討してやりたいと考えております
南米あたりに大へんな旅費をかけて出すよりも、こういう機会をねらって、大量的に農業開拓団を向うに送る絶好の機会であろうと思いますが、これについてどういうようにお考えになっておりますか。
こういう農業開拓民並びに水産開拓民で住居をやられたものに対しましては、何とか政府としても特別なる措置を講じまして善処したい、こう存じまして、この住宅災害の復旧につきましては、二分の一国庫が補助をいたして行くということで、目下大蔵省に要求をいたしておるような次第でございます。 それから第三のところをごらんいただきたいと存じます。
そのできた計算の最大かさ上げをするまでは当然任務として陸軍工兵隊が演習にどんどんやつておる、こういうことすらあるのですから、これは研究にとどめないで、実施に移すべくさらに御努力あらんことを望みますし、建設省の産業開発中青年隊、農林省の農業開拓青年隊のごときもともに今私が申し述べておるような角度から、この災害に教わりまして、災害より国土を守るという意味で研究をされんことを希望いたしておきます。
○清澤俊英君 ちよつとこれは取扱い方によりましては議題にないかも知れませんが、先般五月、六月の第二台風以後の長雨による災害の調査に参りましたが、岡山県の第七区の農業開拓地におきましては、入植三ガ年目であります。
日本の国民は今平和移民として、ことに農業開拓の移民といたしまして、非常に南方諸国から歓迎をされておるということは争われない事実であります。南米からもたくさんの注文が来ておる。(笑声)こういうことでありますから、われわれといたしましては、この注文に応じまして、どしどし大和民族を向うへ吐き出すという用意がなければならぬ。今日よりその研究が—研究どころじやない。着々と実行に移さなければならぬ。